Les Rêveries du promeneur solitaire

恐怖の大きさ測定する

満を持して臨んだつもりで開業。しかし、立ち上げに失敗し、初っ端から債務超過状態に。今年度末までにこの状態を解消しない限り、破綻してしまうのは確実とみられる。そのためには今年度中に起死回生の巨額の利益を計上しなければならない。

破綻すれば、株券はただの紙切れだ。何もかもおしまい。こうなりゃ手元に残った全ての経営資源を投入してハイリスク・ハイリターンの事業に掛けるしかない。

ということで、危ない投資先と知りながら、やむを得ず手を出したものの、利益どころか早々に追加損失を食らうハメに。

だが、しかし、それでも時間が残されている限り諦めるわけにはいかない。潰れてしまえば株券は無価値になるのだ。身を奮い立たせて中間期末の直前になんとか序盤の損失をチャラにした。俄然、勇気がわいてきた。しかし、債務超過であることには変わりない。下半期中になんとかせねば最終審判が下る・・・


プロスペクト理論によると、ヒトは利益を確定した際のポジティブな感情よりも、損失を確定した場合のネガティブな感情の方がずっと大きいとされています。この結果、ある心理的な参照点(例えば買い値)と比べて利が乗っかっている時に、ヒトはリスク回避的になって早期の利益確定を行いやすく、逆に含み損を抱えている時にはリスク選考的となって損失確定が遅れがちになったりナンピン買いなど追加的にリスクを取りがちになるとされています。

この性質が命取りになることがあります。

ニック・リーソン – Wikipedia

一定の損失が発生した際に機械的にポジションを解消するという、いわゆる「損切りルール」は、ヒトが常に合理的な投資行動ができると考える場合には必要のない余計なルールです。

通常のケースにおいて合理的な投資行動を実行するには過去から現在までがどうであったかに関係なく、現在から将来に向かってどうなるのかを考える必要があります。

買い値は忘れて、現在の株価から将来上がるのか下がるのか考えよというものです。過去の買い値がいくらだろうと今から上がるのなら上がってから売ればよいし、下がるのなら今売ればよろしい。

でも実際のリアルなヒトの心理機能はそう合理的に機能しないことも多く、場合によっては命取りになることもあるので、損切りルールのようなヒトの認知的落とし穴を補うための、一見馬鹿げたようにも見えるルールが必要になるということなのでしょう。


ところが、損失を抱えている際に、より大きなリスクを取ることが合理的になり得る一定の状況があり、それが上述のお話のケースです。いくら大きな追加損失を被ったところで、株が無価値よりもマイナスにならないのであれば、追加損失を恐れずプラス方向の可能性を広げることにだけ集中すればよいということになります。これが株主の有限責任です*1

下図の黒い縦線は現在の立ち位置です。横軸を今年度の損益、縦軸をその生起確率とした場合に、今年度予想される損益の分布を、ローリスク・ローリターン、ミドルリスク・ミドルリターン、ハイリスク・ハイリターンの3つのシナリオで示しました*2。それぞれの曲線の内側(下側)の面積が確率の大きさを表します。3つのシナリオの面積はいずれも同じなのですが、ローリスク・ローリターンは幅が狭く、つまり大損する確率は小さいものの大儲けする確率も小さい。ハイリスク・ハイリターンはその逆で予想される結果のバラツキが大きく不確実です。生死を分けるラインは赤い縦線。

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この状況では、年度末の損益が赤いラインよりも左側に終わってしまうのであれば、たとえどの位置であろうと無意味なので、赤いラインよりも右側にすることだけに集中すべきということになります。下図↓は上図の右側だけ切り取ったもの)

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赤いラインよりも右側にはみ出した面積を3つのシナリオで比較すると、ハイリスク・ハイリターンの面積が最も広いのがわかります。前述のとおり面積は確率の大きさを示しているので、このケースではハイリスク・ハイリターンが最も生存確率の高いシナリオと言えます。


引き分けようと大敗しようと決勝トーナメント進出の権利を失うという事実に変わりはない。ならば守備の陣形を崩してでも攻撃に出よう。それは敵にも分っているだろうし、しかも敵は引き分け以上で1位突破。ある程度引いた状態でゴール前のスペースを消し、少人数でカウンターを狙って来るだろう。それでも攻撃をやめるわけにはいかない。精一杯やるだけやってあとは運を天に任せよう。そんな感じでしょうかね。


ところで、金融派生商品オプション取引は、「ある原資産について、あらかじめ決められた将来の一定の日又は期間において、一定のレート又は価格(行使レート、行使価格)で取引する権利(オプション)を付与・売買する取引である」(ウィキペディア)。

この「原資産」というのは日経平均などで、たとえば日経平均を7月末日に16,000円で買う権利(や売る権利)を売買するものです。オプションの買い手は売り手に一定の対価を支払います。この対価をオプション・プレミアムと呼びます。取引されるのは権利であり、実際に権利を行使するかどうかは買い手の任意です。具体的には、期日が到来した時、通常の買い手は以下の2つ選択肢からの有利な方を選ぶことになります(便宜的に金利コストなどは無視します)。

  1. 「期日の実際の原資産(日経平均)の価格」-「行使価格(16,000円)」-「オプション・プレミアム」
  2. オプション・プレミアム分の赤字。

ここでオプション・プレミアムを500円とした場合、買い手の損益分岐点となる期日時点の日経平均は、行使価格にオプション・プレミアム500円を加算した16,500円ということになります。

  • 原資産価格16,500円-行使価格16,000円-オプション・プレミアム500円=±0円

原資産価格が16,500円を超えた場合に、その超えた金額がオプションの買い手の儲けになります。一方、原資産価格が16,000円を下回った場合には、権利行使を見送ればよいので、損失は最大でもオプション・プレミアムの500円にとどめることができます。

このようにオプションの買い手は、少なくとも論理的可能性という範疇では、プラス方向の大きさが無限大である一方、マイナス方向の大きさはオプション・プレミアムの金額までに限定されます。先ほどの図と同じ理屈で、原資産価格の変動幅が大きければ大きいほど、損益分岐点のラインをはみ出し、利益が大きくなる確率が広がるため、投資家はオプションを買いたくなり、また、売りたくなくなります。こうしたメカニズムによって、オプション・プレミアムは、原資産の予想変動率に比例して高価になります。

1997年にマイロン・ショールズとロバート・マートンノーベル経済学賞を受賞したきっかけとなったブラック・ショールズ・モデルは、オプション・プレミアムの理論価値を算出する方程式ですが、この理論価値を算出するための重要なパラメータとして、原資産の変動の大きさ(ボラティリティ)を使用します。ボラティリティは、原資産価格の収益率の対数値(対数収益率)が正規分布に従うとの仮定のもと、その分布の標準偏差で表すのが通常です。具体的には、過去の実績値から推定することが多く、これをヒストリカル・ボラティリティと言います。

一方、このような理論的なモデルを使うことで、実際に取引されるオプション・プレミアムから、市場が織り込んでいる予想ボラティリティを逆算して求めたものを、インプライド・ボラティリティと呼びます。インプライド・ボラティリティを一定の方法で指数化したものをボラティリティ・インデックスと言い、VIXと略称されます。

VIXは特に株式市場が急落すると大きくなることが知られており、市場参加者の心理を反映していると言われ、特に米国の株式指数S&P500を原資産としたVIXは「恐怖指数」(investor fear gauge)という名で通っています。ボラティリティ地震のようにある程度自己相関があり、一度大きく振れると余震のようにしばらく続くことが多いです。

S&P500のVIXは、リーマンショック時には約60まで上昇しましたが、現在は10余りと歴史的にも低い水準にあります。現在低いからと言ってそれがずっと続くという証拠になるわけではありませんが。
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http://finance.yahoo.com/echarts?s=%5EVIX+Interactive#symbol=%5EVIX;range=my

*1:債権者は嫌がるだろうけど、ここでは無視します。

*2:便宜的に期待される平均的なリターンはどれもゼロとました。実際のハイリスク・ハイリターンは、ローリスク・ローリターンよりも期待リターンが大きいという意味が含まれているので、釣鐘を伏せたような左右対称の曲線の中心がもっと右側に位置することになります。