オーバー(大袈裟)
- アーティスト: Peter Hammill
- 出版社/メーカー: Caroline
- 発売日: 2006/10/10
- メディア: CD
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売れない歌手、孤高の吟遊詩人(?)、ピーター・ハミル師匠。プログレはラブ・ソングが極端に少ない音楽ジャンルで、現に色恋沙汰は音楽的にマッチしない。でも、臆せず声を張り上げてハミル師匠はラブ・ソングを歌う。でもダサい(ほめ言葉)。
英国の中流家庭出身で、クィーンズ・イングリッシュだのキングス・イングリッシュだのと呼ばれる、BBCのアナウンサーが話す標準語でロックをやる。本人は大真面目。NHKのアナウンサーが雄叫びを上げる姿を想像しようとしたけれど・・・。近年はすっかり爺さんになってそれでも細い体で力任せに声を張り上げようとする(でも、昔のようにはなかなか上がらない)ので、よけい痛々しい(ほめ言葉)。
“Over”は、1978年発表のソロ6作目。7年間交際した恋人と破局。古い友人に奪われたらしい。ということで、ネクラ(?)なハミル師匠の曲の中でも特にネガティブな佳作(ほめ言葉)に仕上がっている。
1曲目:Crying Wolf
「泣いた赤鬼」、ならぬ「泣いた狼」。もう一つの意味はイソップ寓話に登場するうそつきの「狼少年」だと思われる。この掛詞は、自分のことで、”You”という二人称に呼びかける歌詞にはなっているけれど、自分自身に向けて攻撃する自虐ネタ・スタイルである。なお、巨匠のフロイト先生によれば、ウツとは自分への怒りとかなんとか。曲はストレートなロックで出だしの歌詞はこんな感じ。
あかりを消してたった一人で座り込み
苦悩しているふりをしてみたりする
電話が鳴り始め
パーティの席で自分の皿の食べ物をぶちまける
自分の所有物が気になっているくせに
それらをすべて放置する
これがおまえをハッピーにするのか?
これがおまえを喜ばせるのか?
おまえの言い訳はクズばかり・・・バカな子どもだ
うわぁ・・・
2曲目:Autumn
秋。子どもが成長して巣立っていき、孤立した老夫婦のお話。
そして、私たちはここに取り残された。
私たちの子どもたちは成長し、そして離れて行った。
自分自身の人生を送る。彼らはそう言った。
私に言わせれば、おかしな話だ
3曲目:Time Heals
プログレ風にいろいろと展開が広がる曲。
恋が終わってから、書いているのはラブ・ソングだけ
言葉を絞り出すだけ
半ば忘れてしまった感情を引っ張り出して・・・
要するに・・・
なんというか・・・
自分は言いたいことがそのままきちんと言えたことなんて一度もない・・・
うわぁ・・・
(なお訳はかなり意訳。というか適当です。いつものことですが)
4曲目:Alice(Letting Go)
タイトルのアリスさんというのは今回振られた元カノのこと。ふつうに考えれば仮名だろう。アコギ弾き語りで、7年間つきあったとか、友人に奪われたとか、くどくどとぼやく。
決して行かせやしない。
ただの友達になんてなりたくないから
自分たちのやり方で7年間も費やしたんだ
今日みたいなストーリーの終わり方は信じられない
なんというか、その、めめしい。
ちなみに90年代にはアリスというイタリア人歌手とデュエットした。
日本人的には(というか個人的に)、尺八のサンプリング音がどうにも白々しく感じていただけない。あのガブリエルの方のピーターの、スレッジハンマーと一緒だ。曲もあまりに普通でアクが抜けている。
アリスのサイトには、ハミルとのツーショット写真が載っている。
http://www.alice-officialwebsite.com/musicisti.html
というか、トニー・レビンとか、ミック・カーンとか、スティーブ・ジャンセンとか、フィル・マンザネラとか、トレイ・ガンとか、なんなのこの人。日本でいうと坂本教授とか一風堂みたいな人?
なお、ハミル師匠はイタリアでそこそこ人気があったらしく、YouTubeのコメントでもイタリア語、ギリシャ語、スペイン語、ポルトガル語といった南欧(欧州債務危機でPIGSと言われた国々)のコメントがわり目立つ。ラテン系はオーバーなのが好きそうだからな(偏見)。クロアチア語、ルーマニア語、ロシア語などの東欧のコメントもわりとみかける。上の動画には、アラビア文字のようなコメントが付いていて、Google先生によればヘブライ語みたい。
5曲目:This Side Of The Looking Glass
“Looking Glass”「見るガラス」とは鏡のこと。おしゃれな言葉ですね。つまり、タイトルは「鏡のこっち側」ということになる。歌詞はどん底で、オペラ風の曲をか細い高い声でとうとうと歌い上げる。あの世まで逝っちゃったみたいだ。
友情も、なぐさめも、未来も、家もない
過去がいつまでもまとわりつく
君は僕が知る限りの愛そのもので
君なしでは、自分は空虚と沈黙にすぎない。
自分が失ったすべてのものをじっと考えると、
君をあまりに早く逃がしてしまった聞こえるかい?これが僕の歌だよ。
僕は死ぬ。君が行ってしまったから。
うわぁ・・・
6曲目:Betrayed
“Betrayed”「裏切り」「背信」。アコギで逆切れするハミル師匠
裏切られた・・・逃げ場所がどこにもない
世界中どこにも
自分の激情を聞いてもらう以外にもう戦う気力は残っていない
もう何も信じない
世界中のどこだろうと
うわぁ・・・(こればっか)
7曲目:(On Tuesdays She Used To Do) Yoga
火曜日に彼女はよくヨガをしていた。
自分はまったく動かずに座ってテレビを見ていた。
自分は芸術家だっていう自分への言い訳はいつも用意していたけれど、
彼女は違うってほのめかしてた
火曜日に彼女はよくヨガをしていた。
火曜日に彼女は出ていった。
暗い(Cry?)アコギ弾き語り。
なお、“Watch the box”という歌詞について、手元の対訳には「その箱を見ていた」ってそのまま書いてある。ここでは「テレビを見る」と訳を付けた。たぶん合ってる。 近年のテレビはボックスというよりもボードなんで、こんな言い回しはもう廃れたかもしれない。
8曲目(ラスト):Lost and Found
“Lost and Found”「失って、そして見つける」。遺失物取扱所(落し物置き場)のこと。身も蓋もない高度に文学的な表現。全体的にタイトな雰囲気だけどいろいろな音を試している。いろいろな声を使い分けて演じるのもハミル師匠のボーカルの真骨頂で、声を使ってジミヘンみたいなことをしたい、と若かりし頃のハミル師匠。で、歌詞はどうやら吹っ切れたご様子。なんかすっきりしちゃって。
だから、もう口先だけの約束もないし、
見せかけの脅しもない。
もう「あの時ああしておけば・・・」もなければ、
もう「それなのに」もない。
もう未来に望みもなければ、
もう過去を否定することもない
ついに自由になったんだ
ついに恋をした
一度失って、見つけ出した
赤いドレスを着てくれ、ベイビー
ハイヒールのサンダルを履いて
今夜出かけるから
全部うまくいくよ
終盤のキザっぽいセリフは、クールに決めるどころか奇妙なファルセットの「冷静だけどなよなよした声」でエフェクター処理までされてなんだか変(ほめ言葉)。ハミル師匠なりのニューウェイブ風の表現なのだろうか。
実際、翌年の1978年にAliceさんとは別の女性と結婚してしまう。その後離婚することもなく、自宅にスタジオ(仕事場)も作る。3人の子をもうけ、気が付けば年金受給年齢。噂によれば最近、孫が生まれたらしい。めでたしめでたし。
この作品とはなんだったのかー
エリザベス・キューブラー・ロスという米国の精神科医が提唱した癌の受容プロセスを思い出した。1.否認(そんなはずない!)→2.怒り(なぜ自分が!)→3. 取引(もがく)→4.抑うつ(絶望、もう消えたい)→5.受容
アルバム作りが精神の安定に役立ったのだろうか。でも自分の内面を見つめ続けても、くよくよするばかりで、あまりいいことがありそうにない。作家の自殺率は高い。
一方で失恋した後に新恋人登場、一気にゴールインという展開はわりとありがちな気はする。つまるところ、結局は、そういうことですか。(自分は経験不足です。すいません)
本日のBGM
なお、本日の戯言は、すべてこのBGMのために捧げられたのである。