Eureka!/Positive Reaction!

Rêveries du promeneur solitaire

ポジティビズム!「論より証拠」論 その6

精神分析の対抗馬、行動分析とは...

抑圧されたリビドーが…

19世紀後半にフロイトが創始した精神分析サイコアナリシス)。無意識の構造や精神力動の概念、病因論や病理学は新しい時代への転換点となる画期的なものだった。

しかし一方で、考え方の枠組みとしては、主体(意識)にとってなかなか認識できないところに本質があるという、形而上学と類似した構造を持っていて、古い神様の代替として無意識という別の新しい神様を据えたという側面もあった。

机上の空論というのは言い過ぎにしても、精神分析は砂上の楼閣にたとえられることがある。ココロのカラクリを説明する魅力的なストーリーをうまく構築するのだが、内面の問題を扱うだけに土台となるはずの実証的な根拠が得られにくい。基礎がしっかりしていないと豪華な建物でもぐらぐらする。

フロイト自身がやっていたことは当時の時代のレベルとしてはマシな方だったのかもしれない。しかし、精神医学特有の難しさもあるためだろうか、19世紀から20世紀にかけて他の医学が急速な発展を遂げて実績を挙げるなかで、精神分析には古い権威主義が目立つようになる。

定められた枠組みの範囲内であれば、さまざまなストーリーが成り立つ。アーも言えるしコーも言える。理屈というのはもともとそういうものだ。だからこそ根拠が要るのだが、実証的な根拠が得にくいから権威を拠り所にせざるを得なくなってしまう。

古代、医者はシャーマンだった。同じ占いならブランドカの高い占い師に頼るのが無難そうに思われる。霊媒師にしてもそうだろう。そういうのって今でもワリカシよくあることではないか。必ずしも間違っているとは限らない。けれどもいささか心許ない。

実証的な根拠が確立しているのなら、ある程度の保守的な態度は妥当といえる。けれども権威だけをベースとした保守性は、それが優れたストーリーであっても神話と変わらなくなってしまう。そして信仰や戒律には迷信や偏見がつきまとう。

哲学者のカール・ポパーは、科学的な仮説とは何らかの観測データによって反証が可能な主張であるとしたうえで、反証が不可能な主張は疑似科学であるとした。そして、その疑似科学の例として精神分析を挙げた。都合の悪い事実があったとしても、アーいえばコーとなんとでも言い逃れできてしまう。

医学の発展に伴って、精神分析は主流の方法ではなくなった*1が、あの魅惑的なココロのカラクリ物語は、ポピュラーな文芸の分野では現在でも一定の影響力を保持しているし、日本の文化や社会常識にある程度は織り込まれているように思う。日本でもメディアに登場して世相を切る精神科医というのは、精神分析の色の強い人というのが、今にしてむしろふつうである。

キミタチ、サイコだよ!


プログレ界の遅れてきたスーパーバンド、UKが1979年に発表した日本公演アルバムから。ジョン・ウェットン(ベース、ボーカル)はステージの上から日本の聴衆に向かって「キミタチ、サイコだよ」と言い放った。その後、程なくしてUKは解散。

ところが、これが思った以上に日本の熱狂的なファンにウケたため、気をよくしたジョン・ウェットンは、これからはアジアで稼ぐぞといわんばかりに新たに結成したスーパーバンドをエイジアと名付けた(ウソ)。

この曲なんてもうすでにエイジアっぽい。こんな恥ずかしいタイトルの曲はプログレでは希少である。産業ロックサイコー。

なお、いまでも年に一度くらいは日本に来るが、「キミタチ、サイコだよ!」はお約束の決め台詞なのだそうだ。

反射的に滴り落ちる体液・・・

一方、精神分析にガン飛ばしてメンチ切ってタイマン張ってきたのが行動分析(ビヘイビア・アナリシス)。心理学のくせに心を研究の対象にしないという行動主義心理学。その中でも行動分析は徹底的行動主義といわれるキリコミ隊長である。

行動主義はあやふやであいまいで見えづらいココロなんてブラックボックスだと割り切ってしまう。開き直って観測可能な行動だけを研究の対象にして実験的な手法による実証を重んじる。

行動分析は内面からの説明を受け付けない。たとえば 「意志が弱いからタバコを止められない」というのはダメな主張だという。「意志が弱いからタバコを止められない」のか、それとも、「タバコを止められないから意志が弱い」のかどっちなんだかハッキリしない。行動の理由を内面に求めても、その内面の根拠を結局行動に求めてしまうとニワトリとタマゴのように循環してしまい、原因と結果をうまく説明できないのだ。

行動分析は、学習を行動の変容であると定義する。このような学習にはパブロフが犬の実験で実証した「条件反射」があることが既に知られていた。

パブロフが実証した条件付けは、もともと食べ物を口の中に入れるとヨダレがでるというのは特定の生得的な行動(=反射)をベースにして、そこにベルの音をくっつけることで成立させたものだった。

しかし、スキナーは不特定の自発行動とそれに随伴する結果によっても学習(条件付け)が成立することを示した。つまり、ある任意の自発行動の前後にある任意の刺激を随伴させて繰り返すことで学習が成立する。自発行動と随伴する刺激との関係はタイミングの問題であり、特に無関係なものでよい。

レバーを押す(自発行動)とエサ(随伴する結果)が出てくる箱にマウスを入れると、そのうちにレバーを押すことを学習する。

自発行動の頻度を増やす結果を好子 (コウシ)という。逆に自発行動の頻度が減る結果を嫌子(ケンシ)という。好子の出現により行動の頻度が増加することを強化といい、嫌子の出現により行動の頻度が減少することを弱化という。より一般的な表現だと好子と嫌子はそれぞれアメとムチに当たる。

また、弱化は好子の消失によっても起こる(好子の消失による弱化)し、強化は嫌子の消失によっても起こる(嫌子の消失による強化)。

暗い部屋で照明のスイッチを入れる (自発行動)とすぐさま明かりがつく(好子が随伴する)。スイッチと照明のカラクリなんて知らない小さな子供でも、部屋が暗いという外部環境条件に対して、スイッチを入れるという行動は容易に身につけることができる。部屋を出るときにスイッチを消すという行動は好子が随伴しないのでなかなか習慣化しづらい。

なお、スイッチを入れるきっかけになる「部屋が暗い」という外部環境条件のことを弁別刺激といい、弁別刺激→行動→結果という流れのことを三項随伴性という。

たとえば、あるクセを直したいという場合には、まずそのクセの機能を分析する。そのクセも何らかの強化がなされて学習し維持されているからだ。随伴する弁別刺激(Antecedent events)、行動(Behavior)、結果(Consequences)を検討し特定する作業を機能分析といい、3つのそれぞれの頭文字をとってABC分析と呼んだりもする。

例えば好子(アメ)が特定できたら、それを取り除くことで、クセを弱化させることができるかもしれない。またはクセが出るたびに様子(ムチ)を随伴させることも弱化の方法の可能性の一つにはなる。

あるいは特定の状況でクセがでやすいのなら、その状況(弁別刺激)を変えたり避けたりすることでクセが出にくくなるかもしれない。タバコを止めたいのなら喫煙室に立ち寄らない。お酒を止めたいならお酒を売ったり飲んだりする場所を避ける。ダイエットをしたいのなら・・・主婦のダイエットは難易度が高くなる。喫煙もふつう食後にするので、食事が弁別刺激になって条件付けされているから、禁煙中は食後がつらい。

より効果的なのは、クセの機能を分析できたなら、同じような結果(好子/嫌子の出現/消滅)
を随伴する、比較的望ましい代替行動を考えて、それに置き換える方法だとされている。

部屋が暗いままで照明のスイッチを入れずにガマンするのはつらくて長続きさせるのは難しい。けれども暗い部屋が明るくなる別の方法があるのなら、別にスイッチを入れることにこだわる必要はない。

好ましくないクセを止めることのほかに、好ましい習慣を作ることも行動分析の得意分野だ。

外部環境によって経験すること(刺激)が変わり、経験が変わると行動が変わる。「学習=行動の変容」とすると、環境を調節することで学習させようというのが、行動分析の基本的な枠組みの一つなのだろう。

行動分析は、動物の調教、障害児教育、組織のマネジメントなど幅広い範囲に応用されている。また、行動変容のちょっとしたテクニックは一般にも知られていて、たとえば次のようなものがある。

目標をメモる。記録を取る。目標をブレイクダウンしてメリハリをつける。道連れの仲間を作る。他人に向かって宣言してイイネ!ってポチってもらう。

カンペキには程速いし、言うほど簡単にうまくいかないけれども、比較的マシな選択肢になる場合があるでしょう。

ノートルダムの背むし男



Pavlov's Dogというアメリカのバンドの2枚目のアルバム”At The Sound Of The Bell”の一曲目。つまりバンド名が「パブロフの犬」で、アルバムは直訳的に「ベルの音が鳴って」とかそんな感じか。邦題は「条件反射」だったそうだ。

ジャケットの絵には巨大なベルにぶら下がった人が描かれているが、パブロフの犬とは関係なく、ヴィクトル・ユーゴーの小説に登場するノートルダム大聖堂のベルと背むし男。この曲はヒロイン登場といったところか。

たしかドラムにはビル・ブラッフォードがゲスト参加していたと思う。音から推察するとこの曲には登場していないようだ。

*1:ジヤック・ラカンを輩出したフランスなど、お国柄によって勢力を保っているところもあるとらしい

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