Les Rêveries du promeneur solitaire

アスペルガーの人はなぜ生きづらいのか?

アスペルガーの人はなぜ生きづらいのか? 大人の発達障害を考える (こころライブラリー)

アスペルガーの人はなぜ生きづらいのか? 大人の発達障害を考える (こころライブラリー)

今回ご紹介するのは、成人のアスペルガー障害に関する本です。出版は2011年。著者は児童精神科診療と成人発達障害デイケアを行っている臨床医です。

1.アスペルガー障害について

まず、アスペルガー障害について簡単に説明します。
アスペルガー障害は、第二次世界大戦の終わる1944年にオーストリアの小児科医である、Hans Aspergerが報告した症例に因んだ名称です。

ドイツ語による発表のためか、それとも他の要素もあったのか、戦後しばらくの間、埋没していました。しかし、1980年代に英国の研究者ローナ・ウィングによって再評価されたことをきっかけに注目され、WHOの国際疾病分類(ICD)やアメリカ精神医学会の精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)に導入されました。アスペルガー障害の導入により、自閉症はそれまでよりも幅の広い多様な姿を現すものとして捉えられるようになったのです。

現在、アスペルガー障害は、医学的分類としての役割を終えつつあり、2013年に改訂された現在のDSMでは自閉スペクトラム症(自閉症スペクトラム障害)に統合されました。一方、ICDは現在改訂作業中ですが、やはり次の版で「アスペルガー」の名称はなくなる方向のようです。

2.ウィングの三つ組み

先述のとおり、自閉症は「スペクトラム」という言葉が表すように多様ですが、ひとつの概念なので当然ながら共通点があります。それは、先述の英国の研究者ローナ・ウィングが提唱した三つ組みがよく知られています。

  • 社会的相互干渉の障害
  • コミュニケーションの障害
  • 想像力の障害

長くなるので説明は割愛しますが、この三つ組みは、自閉症スペクトラムの定義そのものと言ってもいいかもしれません。

では、アスペルガー障害の人にどのような問題が起きるのか。本書での具体的例を紹介します。

  • 話を適切に要約できない。
  • 他人の曖昧な指示を理解できない。
  • なぜか相手を怒らせてしまう。
  • 相手に合わせることができない。
  • 可愛げがない。
  • ミスや失敗がなにを引き起こすのか分かっていない。

しかしながら、これらはあくまでも症状であって現象としての特徴です。こうした特徴が現れる背後には、より本質的な特性があるのではないかと考えられています。支援や介入をより効果的に行うためには、本質的な特性を踏まえた対応が必要です。

3.情報処理過剰選択仮説

自閉症スペクトラムの本質的な特性はどのようなものか。さまざまな仮説が提唱されているようですが、本書では「情報処理過剰選択仮説」を提案しています。

この仮説は、「厳密な意味での科学的仮説というよりも、いわゆる作業仮説」であるとしながら、さまざまな仮説の総合的なもので臨床的な介入のための補助的な糸口かつ必要な道具であると著者は述べています。

情報処理過剰選択仮説は、脳の中で問題解決のためにおこなわれる並列的な複数の処理の流れの間で、「特定の処理のみが優先されて、他の処理が抑制されてしまう」という偏りがあるのではないかという考え方です。

「『いろいろな側面から認識できることを、一面からしか見たり感じたり覚えたりできないことにできないところに本質的な問題があるのでは?』という理解の仕方」を指しています。

4.アスペルガー障害の特性

本書は、情報処理過剰選択仮説をベースとしてアスペルガー障害の中核的特性を以下の3つに整理しています。

(1)シングルフォーカス特性
注意、興味、関心を向けられる対象が一度にひとつと限られていること。

(2)シングルレイヤー思考特性
同時的、重層的な思考が苦手、あるいはできないこと。

(3)ハイコントラスト知覚特性
白か黒かのような極端な感じ方や考え方をすること。

また、すべてではないにしても多くのアスペルガーが持っている周辺的特性の主なものとして以下の5つを挙げています。周辺的特性は中核的特性に比べて個人差が大きく人によってあらわれ方や程度が大きく異なります。

(1)記憶と学習に関する特性群
エピソード記憶の障害、手続き記憶の障害

(2)注意欠陥・多動特性群
不注意、衝動性など

(3)自己モニター障害特性群
自分の身体的・精神的状態に気づけない

(4)運動制御関連特性群
不器用、姿勢の悪さ、運動学習の障害

(5)情動制御関連特性群
気分変動、「やる気がコントロールできない」など

アスペルガー障害の人が日常生活で抱える現実の問題は、このような中核的特性や周辺的特性の組み合わせと環境との相互作用のなかから現れてくる。本書はこのようなメカニズムでアスペルガー障害の全体像をつかもうとしています。

5.適応の因子

ただし、ある特性の存在が必ずしも不適応を起こすわけではなく、適応の程度や性質はアスペルガー障害の重症度だけではなく、本人の信念(価値意識や世界観)、アスペルガー障害以外の特性(知能の低さや他の精神疾患との合併など)、環境(職場や家庭など)が適応の因子になるとしています。このうち信念について書いておきたいと思います。

6.適応を困難にしかねない信念の例

以下はアスペルガー障害の人が適応を困難にしかねない信念の例として挙げられているものです。

(1)他者との交流に高い価値を与える信念
この信念は社会に広く共有されたものと思われますが、対人・社会性の障害のあるアスペルガーの人がこのような信念にとらわれると、どうしても低い自己評価につながりやすくなります。

(2)自分の能力に見合わない過大な目標を設定して適度に修正できない
このような信念も挫折体験を増やし、自発性や意欲を失うというものです。これは自己モニター障害の特性とも関連しています。

(3)障害に対する差別的な価値観
診断を受けるまで自分を障害者と思っていないので、障害に対して「世間並みに偏見を持っている」ことが少なからずあり、このために診断や支援を受ける機会を逸失する、診断後に自己の障害との折り合いがつけづらいなどの弊害が生じます。

(4)被害的な信念
いわゆる被害者意識です。あまりに失敗経験を繰り返しすぎることと、失敗の原因を他者に求める傾向が重なることで、「他者=迫害者」とみなしがちになります。ただ、失敗の原因を自分に求めても自己評価を下げてしまうので難しい問題です。

そもそもアスペルガー障害は先述した中核的特性によって、一つの信念にとらわれやすく、他の考え方などとのバランスを取ったり折り合いをつけたりすることが苦手という面があります。論理的な思考が得意そうにみえる場合であっても、理路整然としているのは物事を単一の側面からしかとらえられないためだったりするわけです。

健常者は無意識のうちに本音と建前を適時適格に使い分けることや、相反する複数の信念を曖昧な状態で並列的・重層的に持つことができるのです。極端なダブルスタンダードは、やはり異常ということになりますが、ふつう適当にバランスを取っています。

7.不適応の種類

では、不適応にはどのようなものがあるのでしょう。すくなくとも次の5種類があるとしています。

  • 社会的能力に関係した不適応
  • 作業能力に関係した不適応
  • 自己統制に関係した不適応
  • 過敏性と易疲労性(疲れやすさ)に関連した不適応
  • 能力障害以外の困難に起因する不適応

ここでは、最初の「社会的能力に関係した不適応」について書いておきたいと思います。「社会的能力に関係した不適応」はさらに四つのタイプに分類されています。

(1)自己中心性による不適応
他者の視点を自分なりに推測することが困難。

(2)過剰適応による不適応
正義へのこだわりなど、社会的規範と適度な距離がとれずに燃え尽きてしまう。本音と建前の適切な使い分けが困難。

(3)関係過敏による不適応
自己中心性や過剰適応の不適応と異なり、他者について考える能力や社会的規範を建前として捉える能力を持っている場合であっても、逆に「他者の本音」という「知りようもない幻の世界」に苦しめられるケース。「他者とはこのようなものだ」という内的なモデルは形成されているものの、健常者のように精密化するのが困難で、客観的には的外れな「他者からの評価」を自己評価に当てはめすぎてしまう。

(4)調整能力の欠陥による不適応
必要な情報が与えられれば、対人的な状況を適切に解釈する能力を持っている場合であっても、実際の場面で必要な情報を把握できないケースや、できたとしても選択肢を自分では思いつけないレベルのケース。「頭ではわかっていても、その場ではできない」。

本書ではそれぞれの不適応について対策(主に介入策)が述べられていますが、ここでは割愛します。

8.対人・社会的能力の欠陥の3つの要素

健常者は「人の心」をなにか実体のあるものであるかのようにとらえることがふつうです。そして他人の行動を無意識のうちに「人の心」という概念で説明しようとします。これは幻想なのですが、そのようにとらえる機能を持っているのです。

ところが、アスペルガー障害の人にとって「人の心」の存在は、必ずしも実感を伴ったものではない場合があるようなのです。これは多数派であるふつうの人にはなかなか理解が難しい状態です。このことは「他人の要求や意図を即時に推測し、それに従う」というふつうのことが難しくなります。

なぜこのようなことが起きるのか、本書は次の3つの要素で説明できると考えています。

  • ①情報処理の過剰選択性(並列的・重層的な情報処理が困難)
  • ②前記①に起因する他者の要求や意図に従うという行動様式の形成における未発達
  • ③さらに②の結果として、「人の心」という説明様式を実感をもって共有できないことによる世界の見え方の差異

では、このようなアスペルガー障害の人がどのように生きていけばいいのか。

9.アスペルガーのサバイバル戦略

本書では、アスペルガー障害の人のサバイバル戦略として、いっそのこと「心」を理解しようとするのをやめてしまうという方法が提案されています。

心に依存せずに相互作用の形式に注目する方法です。つまり、社会的関係を調整する技術を身に着けることです。これを本書は「社会的フォルマリズム(形式主義)」を呼んでいます。

ただ、この方法では複雑な場面への対応は困難です。他者との関わりの量や深さを制限する必要があります。このことは一見不自由に見えますが、得体の知れない他者の心の世界に苦しんでいるアスペルガーの人にとっては、そのほうがはるかに自由かもしれない、と本書は主張します。

自らの意志で心を理解しようとすることを選ぶ場合には、それを尊重するとしながら、他者がそれを強要するようなことはあってはならないと強く主張しています。

アスペルガーの人を健常者にみせかけるのではなく、アスペルガーの文化や世界観をエンパワーメントし、積極的に主張していく必要を訴えています。

10.簡単な感想

自分自身はアスペルガー障害には該当しないと思いますが、対人関係は不器用なところがあり、本書にかかれているアスペルガー者の抱える困難やそのメカニズムについて、考えさせられるところも少なからずあり、自分に当てはめながら読み進めていきました。そして自ら生きづらい方法を選択している部分もありそうだと感じました。

もちろん自分の「対人関係が不器用」という考え自体はごく平凡で呑気なもので、おそらく多くの人が同じように感じることもあるのではないでしょうか。