Eureka!/Positive Reaction!

Rêveries du promeneur solitaire

ライト、ついてますか-問題発見の人間学

ライト、ついてますか―問題発見の人間学

ライト、ついてますか―問題発見の人間学

今まで知らなかったけれど、ジェラルド・ワインバーグという人はプログラマーの業界ではけっこうな有名人のようで、たくさん本を出しているし、たとえばウィキペディアにも載っている。

ただ、この本の存在を知ったのは、けっこう昔で、たぶん15年くらい前だ。ある個人のホームページで紹介されていた。いまはもうそのホームページは見当たらない。

最近、たまたま創造的な思考法だの、デザイン思考だのについて考える機会があった。自分はユニークな事柄が好きな方だとは思ってはいるものの、仕事はわりと分析的なものが多いし、プライベートでもクリティカルシンキング関連も本を好んで読んでいる。だからふだんの自分は、いわゆるデザイン思考的な方向性とは向きが逆なのである。浅田彰風にいうと、スキゾ的ではなくてパラノ的というか、そんな感じ。

とにかく、AIだのフィンテックだのとこれから世の中が目まぐるしく変わるというニュースに日々曝される中で、そういえばあんな本があったなあと思い出した。ちなみに自分は自己啓発本とかビジネス書にはまったく興味が湧かないダメな人間なので、この本を読んでゲットしたノウハウを使って具体的なタスクをこうソリューションしてやろうとかそういう動機はない。ただなんとなくおもしろそうかなーなんて。

この本自体は初版が1987年と、もうかなり古い。趣味で読む本はもう電子しか買わないつもりだったが、久しぶりに紙の本を買った。デザイン思考とかにはあんまり関係なくて、問題発見、問題定義の着眼点とか発想法について書かれたもの。

学校ではあらかじめ提示された問題の解き方をひたすら教わるのだけれど、実際の社会生活では、問題は発見したり、見極めたりする方がずっと難しい。問題が分かってしまえば、解くのはわりと簡単。本書はそういうふうに説いている。

全体的にユーモアたっぷりなのだけれど、つかみどころがいまひとつはっきりしていなくてわかりにくかった。古さもあるのかな。いや頭が悪いからか。ああ。。

何度も読み返すとじわじわと味がじみ出てくるのかもしれない。そんな根性ないけど^^; ただ、ポイントについては箴言のような短いまとめがでてくるのは助かったから、ついでに備忘として書き留めておく。

第1部 何が問題か?

  • 問題とは、望まれた事柄と認識された事柄の間の相違である。
  • ユーモアのセンスのない人のために問題を解こうとするな。

第2部 問題は何なのか?

  • 彼らの解決方法を問題の定義と取り違えるな。
  • 彼らの問題をやすやすと解いてやると彼らは本当の問題を解いてもらったとは決して信じない。
  • 解法を問題の定義と取り違えるな。ことにその解法が自分の解法であるときには注意。
  • 問題の正しい定義が得られたかどうかは決してわからない、問題が解けたあとでも。
  • 結論に飛びついてはいけないが、自分の第一印象は無視するな。
  • 正しい問題定義が得られたという確信は決して得られない。だがその確信を得ようとする-努力は、決してやめてはいけない。

第3部 問題は本当のところ何か?

  • すべての回答は次の問題の出所。
  • 問題によっては、それを認識するところが一番難しいということもある。
  • キミの問題理解をおじゃんにする原因を三つ考えられないうちは、キミはまだ問題を把握していない。
  • キミの問題定義を外国人や盲人や子供に試してみよう。またキミ自身が外国人や盲人や子供になってみよう。
  • 新しい視点は必ず新しい不適合を作り出す。
  • 問題定義のうんざりするような道筋をさまよっているときは、ときどき立ち止まって、迷子になっていないか確認しよう。
  • 問題が言葉の形になったら、それがみんなの頭に入るまで言葉をもて遊んでみよう。

第4部 それは誰の問題か?

  • 他人が自分の問題を自分で完全に解けるときに、それを解いてやろうとするな。
  • もしそれが彼らの問題なら、それを彼らの問題にしてしまえ。
  • もしある人物が問題に関係があって、しかもその問題を抱えていないなら、何かをやってそれをその人物の問題にしてしまおう。
  • 変化のために自分を責めてみよう、たとえほんの一瞬でも。
  • もし人々の頭の中のライトがついているなら、ちょっと思い出させてやる方がごちゃごちゃいうより有効なのだ。

第5部 それはどこからきたか?

  • 問題の出所はしばしばわれわれ自身の中になる。

第6部 われわれは本当にそれを解きたいか?

  • ちょっと見たところと違って人々は、くれといったものを出してやるまでは何がほしかったか知らぬものである。
  • あとから調べてみれば、本当に問題を解いてほしかった人はそんなにいないものだ。
  • ちゃんとやるひまはないもの、もう一度やるひまはいくらでもあるもの。
  • 本当にほしいか考えるひまはないもの、後悔するひまはいくらでもあるもの。

さて、この本の内容を我が物として生かせるかどうかは正直自信がないけれど、問題の見極めが容易ではないことや重要なことだけはなんとなくわかった。今回書きだしたポイントの部分だけはあと何回かお経のように読み返してみよう。
まあ、それなりに楽しめたところもあったからよしとしようっと。

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自閉症の世界 多様性に満ちた内面の真実

読書感想文です。

自閉症の世界 多様性に満ちた内面の真実 (ブルーバックス)

自閉症の世界 多様性に満ちた内面の真実 (ブルーバックス)

他所の書評をみると原書からいろいろと削られているらしい(それでも長いけど)。しかも誤訳が多いとか。たしかに何度読み返しても意味がよくわからない文章がいくつかあった。本のタイトルもなんだかしっくりこない。それでもけっこう読みごたえがあったのは原書の持つパワーなのかもしれない。

原書は2015年に米国で出版。タイトルは“NeuroTribes”、直訳的には「神経学的部族」とかそんな感じの造語。サブタイは“The legacy of autism and how to think smarter about people who think differently”。 いわゆる「Neurodiversity」(ニューロダイバーシティ、本書の日本語版では「脳多様性」と訳されている)の価値について歴史的な背景から浮き彫りにするというのが本書の趣旨。

2015年のサミュエル・ジョンソン賞ほか多数の賞を受賞。ニューヨークタイムズエコノミスト、フィナンシャルタイムズ、ガーディアンの各誌における2015年ベストブックリスト入り、と英語版のウィキペディアに書いてある。

本書(日本語版)の中身は、自閉症史上の有名人が次々と登場し、スティグマ、偏見と紆余曲折の繰り返しから当事者が意見を発信するようになった現在までの歴史が詳述されている。ここまで詳細に書かれた本は、自分は初めて読んだ。以下は主要な登場人物についてご紹介する。

ハンス・アスペルガー
ウィーンの小児科医。ナチス統制下、優生学の名のもとに障害児の抹殺が正義とされる世の中で、自閉症の多様性や連続性を見抜き、社会的な存在価値に早くから気づいていた人物として描かれている。しかし、ドイツ語で書かれた論文はその後の英語中心の世界で長い間埋没してしまう。

・レオ・カナー
米国の精神科医。一般に自閉症の最初の報告者として歴史に名を刻んでいる人物だが、本書では出世欲が強く権威主義的な人物として描かれる。アスペルガーの業績を意図的に無視し、自らの発見を世にアピールするとともに当時主流のフロイト主義になびいて自閉症は母親の養育態度に原因があるという毒親説を主張。

・ブルーノ・ベッテルハイム
自閉症史の中でもおそらく一番評判が悪い米国の心理学者(フロイト主義の精神分析家)のベッテルハイム。本書ではカナーにうまくフォローしただけの小者として扱われている。

・バーナード・リムランド
米国の心理学者。自閉症者の父親毒親説を否定し、自閉症の原因が生物学的なものであると突き止めることに貢献した人物。親たちの悩み相談への対応をきっかけに自閉症協会を立ち上げる。しかし、自閉症と闘うこと、自閉症を治癒させることにこだわるあまり、次第にメガビタミン療法などの非科学的な治療法(インチキ療法)の開発にはまり込み、医学の主流からは離れていく。ワクチン原因説にも傾倒し、その対策としてキレート療法など危険な治療法を喧伝。親たちを混乱に陥れる。

・イヴァ・ロヴァス
米国の心理学者。行動療法家。応用行動分析(ABA)を用いた幼児期における徹底的な訓練(ロヴァス法、早期集中介入)により自閉症が大きく改善する主張。一定の成果を上げており一般には評価する見方もある。本書では嫌悪療法(体罰)に手を染め、虐待的な手法を正当化するようになっていく姿が描かれている。

・ローナ・ウィング
英国の精神科医自閉症者の母親。自閉症の多様性・連続性に気づき、埋没していたハンス・アスペルガーの業績を再評価するとともに自閉症スペクトラム自閉スペクトラム症)の概念を提唱。自閉症の診断基準の改訂(広汎性発達障害の概念の確立)にも尽力する。しかし、この改訂に伴って自閉症と診断される子どもが増大した結果、社会は混乱しワクチン原因説と結びつけられる要因にもなってしまう。

オリバー・サックス
英国出身で主に米国で活躍した神経学者。ベストセラーになった著書「火星の人類学者」で自閉症当事者のテンプル・グランディンを世に紹介する。本書の序文を寄稿している。

・テンプル・グランディン
自閉症当事者。動物学博士で畜産施設の設計者として自立。自伝「我、自閉症に生まれて」を発表し、それまで知られていなかった自閉症者の心情や考えが初めて明らかにされる。

・ジム・シンクレア
自閉症当事者。自閉症の増大に対する社会的懸念や、支援を求めるために自閉症の悲惨さ、無惨さを世にアピールする親たちの団体に対して、「われわれの存在を嘆くな」(Don’t Mourn For Us)を発表。自閉症当事者が自らの存在を肯定的に捉え、自らの権利を主張する素地が作られていく。

日本語訳がこちらにありました。
http://omotegumi.exblog.jp/9818820/

・アリ・ネーマン
自閉症当事者。政治オタク。米国において自閉症の原因説や治療法の研究に莫大な資金が投じられている一方で、自閉症者の生活に対するサービスが不足しているとして、「Nothing About Us Without Us」(私たちのことを私たち抜きで決めないで)をスローガンに当事者団体ASAN(Autistic Self Advocacy Network)を組織。


<雑感>

  • 全体を通じて感じたことは、みなさん自分の理屈・自分の正義だけで徹底的にやり過ぎだなあと思った。ベッテルハイムにしてもリムランドにしてもロヴァスにしてもバランス感覚がなく、物量でボコボコにやる、ジャンジャンやる。アメリカンだからなんだろうか。日本だったらもうちょいゆるくて周りの空気を読むのではないか思う。お互い長所も短所もあるんだろうけど。
  • ただ、本書は自閉症の特殊な才能や社会的な意義についてアピールしすぎているような感じはした。障害の有無に関わらず、社会的な存在価値なんて客観的に計れるものではなく各々自分で勝手に考えればいい話である。つまり余計なお世話だ。そうでないと結局は「役に立つ人間は生きる価値があるけど、その反対は?」という優生学と同じ価値観の世界に陥ることにつながりかねないのではないか。
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ビデオスターの悲劇(エピタフのおまけのおまけ)

ビデオ(テレビ)がラジオスターを殺した。
今はSNSがビデオスターを殺す時代 (((( ;゚д゚))))アワワワワ……

そうだったのか!相次ぐロックスターの死はSNSのせいだったのか!(な、なんてだってー?!)

まじめな話、往年のロックスターが多く亡くなるのは、基本的にはロックスターが老いたから。その昔、テレビの普及に伴って有名人が爆発的に増えたのだそうだ。その増えた有名人が年を取って亡くなりやすくなった *1 。そしてスターの死の情報はSNSなどを通じてあっちゅう間に世界の隅々まで流通する。

ロックとテレビというと80年代のMTVやプロモーションビデオが代表的な印象があるけれど、それよりももっとずっと以前からテレビとロックの関係は深いように思う。テレビの普及とロックの市場拡大の時期はシンクロしている。直接的な関係があるかどうか自分には分からないけれど、少なくとも間接的には多少なりともお互い影響し合っているのではないだろうか。たぶん。*2

意図的にテレビに出ないロックスターもいたけれど、それもまた「テレビを拒絶するスター」というブランドというか、なんというか、「マーケティング」として機能した。ロックはテレビ世代の大衆音楽といえるのではないだろうか。

ロックの持つ「不良のイメージ」に反し、ロックの市場拡大は基本的に中流白人家庭の若者が牽引した。60年代になってボブ・ディランが俳句界における松尾芭蕉のように(?)、語呂合わせ中心だった歌詞を面倒臭くしたころから、中流家庭出身の大学生が単価の高いLPレコードを買いまくるようになった。ビートルズは多額の広告費を使ったメディア戦略で世界を制し、ロックは世代的にも階層的にも地域的にもより広い範囲に浸透していった。

今年、トランプさんを支持した中心は没落した中高年の白人男性なんて話もあるから、その人たちがロック世代で実は元ボブ・ディランのファンですとかだったら、なんともあれだなあと思うわけです。生活もかかってるからねえ、お互いに。そんな米国大統領選挙も今やツイッターフェイスブックが影響力を持つようになったらしい。

「SNSでアラブの春」なんつって浮かれているスキに、一気に混迷の時代が来たような気もする。SNSって群集心理を先鋭化させるのだろう。

中世ヨーロッパの宗教革命の背景には活版印刷の発明あったらしい。活版印刷で情報の蓄積や伝達のコストがぐっと下がったそうで、そしてその後、長い宗教戦争の混乱の中でたくさんの人が殺されたそうだ。

SNSが殺すのはいったい誰なんだろう?(年の瀬に物騒なこと言ってすみません。)
Confusion will be my epitaph.(グレッグ・レイクも死んじゃったねえ。)

本日のBGM



来年プログレバンドのイエスがロックの殿堂入りするそう。

「ラジオスターの悲劇」をヒットさせたバグルズのボーカルのトレバー・ホーンとキーボードのジェフ・ダウンズは1980年にイエスに加入した。けれどもその時のイエスはすでにシニタイで、アルバム1枚残して解散。上の動画はその時の鳴かず飛ばずのビデオ。イメチェン狙ってポップでストレートな曲ながら、心なしかなんとなく無理して明るく元気に振る舞っているようにも見えてしまう。

イエス解散後、ジェフ・ダウンズはギタリストのスティーブ・ハウに連れられてエイジアに参加。トレバー・ホーンはプロデューサーに転向して成功し、1983年のイエス再結成の際にはプロデューサーとして「ロンリーハート」をヒットさせた。

なお、来年殿堂入りするメンバーは、70年代前半のプログレ時代全盛期の時とロンリーハートの時にバンドのメンバーだった人のようで、このバグルズ組の2人は残念ながら選外となった模様。ビデオスターの悲劇。あわあわ。

*1:ロックスターは27才で死にやすいという俗説があるが実際はそうでもないらしい。

*2:ちなみに掃除機とか洗濯機の普及率ともシンクロしているかもだけれど、まあ、たぶんあまり関係ない。もしかして日本人の平均寿命とか平均身長の急激な伸びともシンクロしているかもしれない。「日本人はロックと聴くと健康になって長生きするんです」とか「ぐいぐい背が伸びちゃいます」とかだったら、それはそれですごく「クリエイティブ」で楽しいけれど、おそらくこれもないだろう。間接的に関係があるとすれば一般大衆の暮らしが豊かになったということが共通の背景にあるんじゃないだろうか。

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エピタフ(おまけ)

おまけというよりこっちが本編かも。つってもたいしたことないんですがすいません。

エピタフは預言の歌、その関係でジョジョのエピタフは未来予知に関連する能力。だが、実際、未来予想は難しい。

「混乱」、それは僕の墓碑銘になるだろう。

リーマンショックから8年。2016年の米大統領選挙は大方の予想が覆される結果となった。英国のEU離脱国民投票で予想が外れた矢先の出来事。今年は大外れの年になった。大一番で予想が外れると多少なりとも「混乱」するのだ。

米大統領選挙の予想外しには、そこそこ有名な過去事例がある。

世界恐慌から7年。1936年の選挙はニューディール政策で再選を目指す民主党ルーズベルトと共和党ランドンの一騎打ちだった。

名門リテラリー・ダイジェスト誌は1000万人の電話所有者とこの雑誌の購読者を対象にアンケートを実施、200万の回答を得て、ランドン勝利と予想。

一方、ジョージ・ギャラップという人はルーズベルトの再選を予想。彼は前年に世論調査会社を起業したばかり。調査した人数はリテラリー・ダイジェスト誌をはるかに下回るものだった。

結果はルーズベルトの勝利。リテラリー・ダイジェスト誌の大規模調査は外れてしまった。なぜか?

当時電話はまだ普及しておらず高級品だった。だから調査対象者は金持ちばかり。金持ちにはもともと共和党支持者が多い。要するに調べた対象に偏りがあった。一方、はるかに小さい規模で答えを当てたギャラップはランダムに調査対象者を選んでいた。

このことは、たとえ大規模な調査でもサンプルに偏りがあればダメなこと、つまりサンプリングの重要性、それからランダムサンプリングの有効性が示された事例とされている。

現在では世論調査の方法はより洗練され高度化している。しかも皮肉なことにリテラリー・ダイジェスト誌が失敗した電話調査が一般的な方法になった。

今回の予想が外れた原因はすでにいろいろ言われているみたいだけれど、携帯電話の普及によって固定電話を持たない人が増えていることもその一つである可能性があるみたい。


www.nature.com

まぁ、詳細はこれから分析されることになるのだろう。

本日の本


統計でウソをつく法―数式を使わない統計学入門 (ブルーバックス)

統計でウソをつく法―数式を使わない統計学入門 (ブルーバックス)

統計入門の古典的なんとか。騙されないために騙す方法を知れと。1936年の米大統領選挙についても紹介されている。


「世の中に蔓延している「社会調査」の過半数はゴミである」。社会調査の各種バイアスについて紹介されている。本当にいろいろなバイアスが入り込む余地がある。


余談だが、この本の著者はギャンブルが趣味で以下の著作があって、これもけっこうおもしろい。

ツキの法則―「賭け方」と「勝敗」の科学 (PHP新書)

ツキの法則―「賭け方」と「勝敗」の科学 (PHP新書)


ちなみに以前こちらで紹介した本の著者も今回クリントン予想だったらしい。
sillyreed.hatenablog.com

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エピタフ

本日はトランプ師匠の大統領当選記念の特別エントリ。


運命の鉄門の狭間に時の種子が蒔かれ、
知のあるものや名のある者の行為が水を撒く。
法を定める者なくば、知は死の友だ。
僕が思うに人類の運命は愚者の手中にある。


「混乱」、それは僕の墓碑銘になるだろう。
僕はひび割れて荒廃した道を這いずって、
もしもどうにかなるのなら傍観して笑っていられるかもしれない。
だけど、僕は明日が怖い。きっと自分は泣いてはず。
そう、僕は明日が怖い。きっと自分は泣いてはず。

ジョジョの奇妙な冒険」、有名だけれど自分はまだ読んでいない。荒木飛呂彦の作。この漫画家の作品には、ほかに「魔少年ビーティー」とか「バオー来訪者」とかあって世代的にそっちの方になじみがある、のだが、覚えているのは、画もストーリーも独特のオタクっぽい雰囲気(?)だったことと、少年ジャンプの連載が打ち切りになったかのように早めに終わったことだ。ああ、あともう一つ記憶にあるのは、「バオー」ってあだ名の友人がいた。本名はオオバ君だ。バオー元気かなあ。。

そんな感じで当時は成功するような漫画家には思えなかったけれど、その後「ジョジョ」で当たったようである。で、その「ジョジョ」のキャラ(?)に「キング・クリムゾン」というのがいて、必殺技(?)の名前が「エピタフ」らしい。詳しくは調べていないが予知能力を発揮する技なのだそうだ。


閑話休題。ここからはプログレバンドのキング・クリムゾンのお話。

エピタフ(墓碑銘)は、キング・クリムゾンのデビューアルバム「クリムゾン・キングの宮殿」のA面3曲目。預言者の歌。1曲目の「21st Century Schizoid Man」と並んで、暗い未来に対する警鐘のような歌詞になっている。

初期の頃のキング・クリムゾンには演奏をしない作詞担当のメンバーがいて、そいつがめんどくさい歌詞を書く。これがバンドのウリだった。歌詞がめんどくさいのはプログレの特徴だ。これもボブ・ディランの延長線なのだろう。たぶん。でもボブ・ディランみたくかっこよく決まらないのもプログレの特徴なのだ。たぶん。

演奏には当時最新鋭の電子楽器メロトロンを使っている。これもこのバンドのウリだ。ただ曲のアレンジが大袈裟で、まぁダサい。ダサいのもプログレのいわゆるひとつの特徴なのだが(たぶん)、その中でもそうとうなものだ。メロディも保守的で昭和の歌謡曲みたいだから、カラオケでも歌いやすいのではないか。たぶん。

と、四の五の言うのはこれくらいにして本日のBGM

ザ・ピーナッツによるカバー




西城秀樹によるカバー




キャンディーズ

キャンディーズがファイナルカーニバル@後楽園球場で歌った「GOING IN CIRCLES」の間奏けがなぜかエピタフのコピー^^;
https://youtu.be/SWQ-oOO51YY
(埋め込み禁止のためリンクのみ)


ということでオリジナルの演奏は下記。

クリムゾン・キングの宮殿(K2HD/紙ジャケット仕様)

クリムゾン・キングの宮殿(K2HD/紙ジャケット仕様)

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帳簿の世界史

帳簿の世界史

帳簿の世界史


欧米の会計とその責任の歴史をテーマに書かれた本です。著者は南カリフォルニア大学の教授で主に西ヨーロッパの近代史を研究しているようです。

原典は2014年に出版されたもの。原題の「The Reckoning」 には「決算」「清算」のほかに「最後の審判」「報い」「罰」といった意味があり、本書の重要なキーワードになっています。サブタイトルは「Financial Accountability and the Rise and Fall of Nations」(財務会計責任と国家の興亡)。自分が読んだ日本語版は2015年に出版されました。翻訳は村井章子氏(ダニエルカーネマン「ファスト&スロー」など)。

主にルネサンス期から近代の西ヨーロッパや米国を舞台に会計の発達や国家財政まつわるエピソードが取り上げられ、終盤にこれらの歴史を踏まえて世界恐慌エンロン事件に代表される大きな会計不正、リーマンショックなど現代社会への考察が加えられています。

本書を通じて述べられていることは、国家や企業といった組織にとって会計が繁栄の強力な武器になると同時に腐敗や衰退の原因にもなりうる諸刃の剣だということ。

著者は会計責任がよく根付いた社会にはそれを支える倫理観や文化の枠組みが存在していたと述べています。しかしながら、これを維持することは難しく継続的に果たした国家はいまだかつてないとも指摘します。

資本主義と近代以降の政府には、決定的な瞬間に会計責任のメカニズムが破綻し危機を深刻化させるという本質的な弱点があり、経済破綻は金融システムに組み込まれているものだと考えています。経済破綻はいつか必ずやってくるもの、そう考えています。

かつて隆盛を極めた組織には、神による最後の審判への恐れなどから会計(accounting)や責任(accountability)を重視する文化が社会に根付いていました。会計制度の複雑化や相次ぐ不正による会計不信により、現代は会計に対する一般市民の関心が薄れて多くを期待しなくなっていますが、いつか必ずやって来る清算の日に備えるべく、かつてのような倫理的、文化的な高い意識と意志を取り戻す必要があると主張しています。


学者が書いた本ではありますが、学術的に緻密に考察されたものというよりは会計にまつわるエピソード集として楽しく読めました。基本的には政治経済の歴史をテーマに書かれたもので会計の技術的な側面についてあまり詳しく書かれていないため、個人的にはもう少し深く知りたいなと思う部分がありました。


===
<レビュー>
◆どんな英雄も、どんな大帝国も、会計を蔑ろにすれば滅ぶ| 鼎談書評 - 文藝春秋WEB
http://gekkan.bunshun.jp/articles/-/1314

◆権力とは、財布を握っていることである | 東洋経済オンライン
http://toyokeizai.net/articles/-/65119?page=3

◆‘The Reckoning’, by Jacob Soll - FT.com
http://www.ft.com/intl/cms/s/2/ec9c5abe-cb02-11e3-ba9d-00144feabdc0.html


<著者へのインタビュー>
アベノミクスは世界史上、類を見ない試み:日経ビジネスオンライン
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/230078/070300002/

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アスペルガーの人はなぜ生きづらいのか?

アスペルガーの人はなぜ生きづらいのか? 大人の発達障害を考える (こころライブラリー)

アスペルガーの人はなぜ生きづらいのか? 大人の発達障害を考える (こころライブラリー)

今回ご紹介するのは、成人のアスペルガー障害に関する本です。出版は2011年。著者は児童精神科診療と成人発達障害デイケアを行っている臨床医です。

1.アスペルガー障害について

まず、アスペルガー障害について簡単に説明します。
アスペルガー障害は、第二次世界大戦の終わる1944年にオーストリアの小児科医である、Hans Aspergerが報告した症例に因んだ名称です。

ドイツ語による発表のためか、それとも他の要素もあったのか、戦後しばらくの間、埋没していました。しかし、1980年代に英国の研究者ローナ・ウィングによって再評価されたことをきっかけに注目され、WHOの国際疾病分類(ICD)やアメリカ精神医学会の精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)に導入されました。アスペルガー障害の導入により、自閉症はそれまでよりも幅の広い多様な姿を現すものとして捉えられるようになったのです。

現在、アスペルガー障害は、医学的分類としての役割を終えつつあり、2013年に改訂された現在のDSMでは自閉スペクトラム症(自閉症スペクトラム障害)に統合されました。一方、ICDは現在改訂作業中ですが、やはり次の版で「アスペルガー」の名称はなくなる方向のようです。

2.ウィングの三つ組み

先述のとおり、自閉症は「スペクトラム」という言葉が表すように多様ですが、ひとつの概念なので当然ながら共通点があります。それは、先述の英国の研究者ローナ・ウィングが提唱した三つ組みがよく知られています。

  • 社会的相互干渉の障害
  • コミュニケーションの障害
  • 想像力の障害

長くなるので説明は割愛しますが、この三つ組みは、自閉症スペクトラムの定義そのものと言ってもいいかもしれません。

では、アスペルガー障害の人にどのような問題が起きるのか。本書での具体的例を紹介します。

  • 話を適切に要約できない。
  • 他人の曖昧な指示を理解できない。
  • なぜか相手を怒らせてしまう。
  • 相手に合わせることができない。
  • 可愛げがない。
  • ミスや失敗がなにを引き起こすのか分かっていない。

しかしながら、これらはあくまでも症状であって現象としての特徴です。こうした特徴が現れる背後には、より本質的な特性があるのではないかと考えられています。支援や介入をより効果的に行うためには、本質的な特性を踏まえた対応が必要です。

3.情報処理過剰選択仮説

自閉症スペクトラムの本質的な特性はどのようなものか。さまざまな仮説が提唱されているようですが、本書では「情報処理過剰選択仮説」を提案しています。

この仮説は、「厳密な意味での科学的仮説というよりも、いわゆる作業仮説」であるとしながら、さまざまな仮説の総合的なもので臨床的な介入のための補助的な糸口かつ必要な道具であると著者は述べています。

情報処理過剰選択仮説は、脳の中で問題解決のためにおこなわれる並列的な複数の処理の流れの間で、「特定の処理のみが優先されて、他の処理が抑制されてしまう」という偏りがあるのではないかという考え方です。

「『いろいろな側面から認識できることを、一面からしか見たり感じたり覚えたりできないことにできないところに本質的な問題があるのでは?』という理解の仕方」を指しています。

4.アスペルガー障害の特性

本書は、情報処理過剰選択仮説をベースとしてアスペルガー障害の中核的特性を以下の3つに整理しています。

(1)シングルフォーカス特性
注意、興味、関心を向けられる対象が一度にひとつと限られていること。

(2)シングルレイヤー思考特性
同時的、重層的な思考が苦手、あるいはできないこと。

(3)ハイコントラスト知覚特性
白か黒かのような極端な感じ方や考え方をすること。

また、すべてではないにしても多くのアスペルガーが持っている周辺的特性の主なものとして以下の5つを挙げています。周辺的特性は中核的特性に比べて個人差が大きく人によってあらわれ方や程度が大きく異なります。

(1)記憶と学習に関する特性群
エピソード記憶の障害、手続き記憶の障害

(2)注意欠陥・多動特性群
不注意、衝動性など

(3)自己モニター障害特性群
自分の身体的・精神的状態に気づけない

(4)運動制御関連特性群
不器用、姿勢の悪さ、運動学習の障害

(5)情動制御関連特性群
気分変動、「やる気がコントロールできない」など

アスペルガー障害の人が日常生活で抱える現実の問題は、このような中核的特性や周辺的特性の組み合わせと環境との相互作用のなかから現れてくる。本書はこのようなメカニズムでアスペルガー障害の全体像をつかもうとしています。

5.適応の因子

ただし、ある特性の存在が必ずしも不適応を起こすわけではなく、適応の程度や性質はアスペルガー障害の重症度だけではなく、本人の信念(価値意識や世界観)、アスペルガー障害以外の特性(知能の低さや他の精神疾患との合併など)、環境(職場や家庭など)が適応の因子になるとしています。このうち信念について書いておきたいと思います。

6.適応を困難にしかねない信念の例

以下はアスペルガー障害の人が適応を困難にしかねない信念の例として挙げられているものです。

(1)他者との交流に高い価値を与える信念
この信念は社会に広く共有されたものと思われますが、対人・社会性の障害のあるアスペルガーの人がこのような信念にとらわれると、どうしても低い自己評価につながりやすくなります。

(2)自分の能力に見合わない過大な目標を設定して適度に修正できない
このような信念も挫折体験を増やし、自発性や意欲を失うというものです。これは自己モニター障害の特性とも関連しています。

(3)障害に対する差別的な価値観
診断を受けるまで自分を障害者と思っていないので、障害に対して「世間並みに偏見を持っている」ことが少なからずあり、このために診断や支援を受ける機会を逸失する、診断後に自己の障害との折り合いがつけづらいなどの弊害が生じます。

(4)被害的な信念
いわゆる被害者意識です。あまりに失敗経験を繰り返しすぎることと、失敗の原因を他者に求める傾向が重なることで、「他者=迫害者」とみなしがちになります。ただ、失敗の原因を自分に求めても自己評価を下げてしまうので難しい問題です。

そもそもアスペルガー障害は先述した中核的特性によって、一つの信念にとらわれやすく、他の考え方などとのバランスを取ったり折り合いをつけたりすることが苦手という面があります。論理的な思考が得意そうにみえる場合であっても、理路整然としているのは物事を単一の側面からしかとらえられないためだったりするわけです。

健常者は無意識のうちに本音と建前を適時適格に使い分けることや、相反する複数の信念を曖昧な状態で並列的・重層的に持つことができるのです。極端なダブルスタンダードは、やはり異常ということになりますが、ふつう適当にバランスを取っています。

7.不適応の種類

では、不適応にはどのようなものがあるのでしょう。すくなくとも次の5種類があるとしています。

  • 社会的能力に関係した不適応
  • 作業能力に関係した不適応
  • 自己統制に関係した不適応
  • 過敏性と易疲労性(疲れやすさ)に関連した不適応
  • 能力障害以外の困難に起因する不適応

ここでは、最初の「社会的能力に関係した不適応」について書いておきたいと思います。「社会的能力に関係した不適応」はさらに四つのタイプに分類されています。

(1)自己中心性による不適応
他者の視点を自分なりに推測することが困難。

(2)過剰適応による不適応
正義へのこだわりなど、社会的規範と適度な距離がとれずに燃え尽きてしまう。本音と建前の適切な使い分けが困難。

(3)関係過敏による不適応
自己中心性や過剰適応の不適応と異なり、他者について考える能力や社会的規範を建前として捉える能力を持っている場合であっても、逆に「他者の本音」という「知りようもない幻の世界」に苦しめられるケース。「他者とはこのようなものだ」という内的なモデルは形成されているものの、健常者のように精密化するのが困難で、客観的には的外れな「他者からの評価」を自己評価に当てはめすぎてしまう。

(4)調整能力の欠陥による不適応
必要な情報が与えられれば、対人的な状況を適切に解釈する能力を持っている場合であっても、実際の場面で必要な情報を把握できないケースや、できたとしても選択肢を自分では思いつけないレベルのケース。「頭ではわかっていても、その場ではできない」。

本書ではそれぞれの不適応について対策(主に介入策)が述べられていますが、ここでは割愛します。

8.対人・社会的能力の欠陥の3つの要素

健常者は「人の心」をなにか実体のあるものであるかのようにとらえることがふつうです。そして他人の行動を無意識のうちに「人の心」という概念で説明しようとします。これは幻想なのですが、そのようにとらえる機能を持っているのです。

ところが、アスペルガー障害の人にとって「人の心」の存在は、必ずしも実感を伴ったものではない場合があるようなのです。これは多数派であるふつうの人にはなかなか理解が難しい状態です。このことは「他人の要求や意図を即時に推測し、それに従う」というふつうのことが難しくなります。

なぜこのようなことが起きるのか、本書は次の3つの要素で説明できると考えています。

  • ①情報処理の過剰選択性(並列的・重層的な情報処理が困難)
  • ②前記①に起因する他者の要求や意図に従うという行動様式の形成における未発達
  • ③さらに②の結果として、「人の心」という説明様式を実感をもって共有できないことによる世界の見え方の差異

では、このようなアスペルガー障害の人がどのように生きていけばいいのか。

9.アスペルガーのサバイバル戦略

本書では、アスペルガー障害の人のサバイバル戦略として、いっそのこと「心」を理解しようとするのをやめてしまうという方法が提案されています。

心に依存せずに相互作用の形式に注目する方法です。つまり、社会的関係を調整する技術を身に着けることです。これを本書は「社会的フォルマリズム(形式主義)」を呼んでいます。

ただ、この方法では複雑な場面への対応は困難です。他者との関わりの量や深さを制限する必要があります。このことは一見不自由に見えますが、得体の知れない他者の心の世界に苦しんでいるアスペルガーの人にとっては、そのほうがはるかに自由かもしれない、と本書は主張します。

自らの意志で心を理解しようとすることを選ぶ場合には、それを尊重するとしながら、他者がそれを強要するようなことはあってはならないと強く主張しています。

アスペルガーの人を健常者にみせかけるのではなく、アスペルガーの文化や世界観をエンパワーメントし、積極的に主張していく必要を訴えています。

10.簡単な感想

自分自身はアスペルガー障害には該当しないと思いますが、対人関係は不器用なところがあり、本書にかかれているアスペルガー者の抱える困難やそのメカニズムについて、考えさせられるところも少なからずあり、自分に当てはめながら読み進めていきました。そして自ら生きづらい方法を選択している部分もありそうだと感じました。

もちろん自分の「対人関係が不器用」という考え自体はごく平凡で呑気なもので、おそらく多くの人が同じように感じることもあるのではないでしょうか。

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