Les Rêveries du promeneur solitaire

ポジティビズム!「論より証拠」論 その3

一般に疲労感はプラセボが比較的よく効くらしい。プラセボ効果だって効果のうちなのだから、どうせならうまく付き合いたい。

近所のスーパーで梅果汁入りの黒酢というのを見かけたので買ってみた。お値段は比較的高め。打ち返せないくらい高すぎると見送らざるを得ないが、今回のは気分的にはストライクゾーンに入っていた。この手のものは少し高めくらいがアリガタミがある。これにポッカレモンを加えてソーダで割ってみた。

味はまずくない。少しまずいくらいの方がアリガタミがある、かもしれない。良薬は口に苦しという都合のいい常套句もある。有難味は苦い味がするのだ。

なぜアリガタミにこだわるのかというと効果を信じる材料になるからである。疑ってはいけない。信じる者は救われる。アリガタヤーアリガタヤー・・・

3た論法

巷でこんな感じの主張をみかけることがある。

  • ある特定の方法で投資をしたら大儲けした。投資必勝法伝授します!

薬やサプリメントで、「1.使った」→「2.治った」→「3.だから効いた」という3つの「た」を使った文章で効果を主張するやり方を、三段論法をモジって「3た論法」といったりする。日常生活の中でこの手の評価や判断は無意識のうちに頻繁に、文字通り日常茶飯事に行っていて、それでも大した問題になることなんて殆どない。けれども客観的に効果を主張したい場合にはツッコミどころが多くて問題だとされている。

そのサプリを使わなくても自然に改善したかもしれないし、効果があったとしてもプラセボと変わらない程度かもしれない。

2×2表

この手の原因と結果の関係を推し量る場合には、2×2表を使って比較するやり方がスッキリする。


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は以下の人たちを指す。

  • サプリxを使って治った人たち
  • 投資必勝法yで儲かった人たち
  • ノーベル賞受賞者で特徴zを持つ人たち


ヒトのココロのデフォルト設定は、基本的にaにオートフォーカスして仮説に合致する例がないかどうかを自動的に探しにいく。3た論法は基本的にその動作に従っている。魅力的なエピソードが添えられていると説得力のあるストーリーになるので、セルサイド(売り手)のプレゼンとしてやるにはいいと思う。

けれども、消費者であるバイサイドの立場としては、地球から月の裏側が見えないからと言って存在しないというわけにもいかず、全体を見て客観的に評価したい時には、b,c,dの人たちにも同じように目配りする必要がある。一般に仮説が正しいかどうかを確認したいときは、無意識のオートフォーカスに任せきりにしないで仮説に反する例を意識的に探しにいくのが「急がばまわれ」的な近道となったりする。


は以下の人たちを指す。

  • サプリxを使ったのに治らなかった人たち
  • 投資必勝法yを使ったのに損をした人たち
  • 特徴zを持っているのにノーベル賞を受賞しなかった人たち

は以下の人たちを指す。

  • サプリxを使わなくても治った人たち
  • 投資必勝法yを使わなくても儲けた人たち
  • 特徴zがないけれどノーベル賞を受賞した人たち

の存在は気づいたところで重要性が低いように感じてしまう。でもできればなるべくきちんと数えたい。

  • サプリxを使わなくて治らなかった人たち
  • 投資必勝法yを使わなくて損をした人たち
  • 特徴zがなくノーベル賞も受賞しなかった人たち

群間比較試験

aとbの人数の合計がサプリxであれば、サプリxを使った人の合計になる。この人たちは「暴露群」(exposure group)という*1a/(a+b)の計算式で暴露群のうち治った人の割合が算出できる。この割合をとする。

cとdの人数の合計がサプリxであれば、サプリxを使わなかった人の合計になる。この人たちは”control group”なんていう。日本語だと「対照群」*2c/(c+d)は対照群のうち治った人の割合だ。この割合をここでは、とする。

①が②と比較してどの程度の大きさなのかを見るために、①/②を算出する。この計算結果を「相対危険度」(relative risk:RR)という*3。相対危険度が1の場合、どちらの群にも差がないということなので効果なしということになる。1を上回れば上回れるほど効果がありそうだといえる。反対に、1未満なら下回り具合によっては逆効果ということになる。

相対危険度をaからdの記号で表すと、「a/(a+b)÷c/(c+d)」となる。

相対危険度と同じような指標として「オッズ比」(odds ratio:OR)がある。暴露群と対照群それぞれについてギャンブルでおなじみのオッズを算出し、その比を算出するもの(a/b÷c/d)がある。式を変形して「a×d÷b×c」でも同じ値を求めることができる。2×2表を対角線上にたすき掛けした後で比を求める式になる。


暴露群にプラセボを超える効果があるかどうかを見たいときには、対照群にプラセボを与えて比較する。すでに確立している別の治療法の効果と比較したい場合には、対照群に比較したい治療法を施せばよい。これは、むしろ対照群の患者をなにもせずに放置しておくことが倫理上相応しくないような場合によく見かけるやり方。

暴露群と対照群とは比較したいもの以外は、条件をできるだけ同じにするのが望ましい。けれども人にはそれぞれ個人差がある。人は全く同じにしろといっても限界があるので、くじ引きなどを使ってランダムに割り当てることで、できるだけ個人差の傾向がどちらかの群に偏らないように配慮する。このような群間比較試験をランダム化比較試験という。

臨床検査と2×2表

臨床検査の感度や特異度、陽性的中率や陰性的中率について以前2回記事にした。
http://sillyreed.hatenablog.com/entry/2014/08/30/224736
http://sillyreed.hatenablog.com/entry/2014/09/13/234550

これらの関係も2×2表で表すことができる。


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  • 感度=a/(a+c)
  • 特異度=d/(b+d)
  • 陽性的中率=a/(a+b)
  • 陰性的中率=d/(c+d)

顛末書?

黒酢クエン酸の有効性と安全性はどのように評価されているのだろうか。気になる評価について、ネット上に公開されている国立健康・栄養研究所のデータベースを見てみた。

黒酢
http://hfnet.nih.go.jp/contents/detail850.html

概要

一般に、黒酢は静置発酵法で製造された純玄米酢又は純米酢をさし、熟成が進むにつれて黒味が増加しその色調が褐色を呈することから「黒酢」と呼ばれている。鹿児島県福山で約200年前から製造されていることから「福山酢」とも呼ばれている。JAS規格では米酢に分類される。黒酢は米、麹、水をそれぞれ2:1:6 (容積比率) の割合で仕込み、糖化→アルコール発酵→酢酸発酵と順次進行させて熟成させる。俗に「疲労回復によい」、「血圧を下げる」、「血流を改善する」、「脂質代謝を改善する」と言われているが、ヒトでの有効性については信頼できるデータが十分でない。黒酢を食事以外から一度に過剰摂取するときは注意が必要である。

安全性

黒酢を食品として摂取する場合はおそらく安全と思われる。妊娠中・授乳中の摂取における安全性については十分なデータが見当たらないため、食事以外からの過剰摂取は避けたほうがよい。黒酢に含まれる酢酸は、高濃度のものを摂取すると中毒を起こす可能性が示唆されている。

有効性

(注:下記の内容は、文献検索した有効性情報を抜粋したものであり、その内容を新たに評価したり保証したりしたものではありません。)
黒酢の有効性についてはヒトでの信頼できる十分なデータが見当たらない。


クエン酸
http://hfnet.nih.go.jp/contents/detail25.html

概要

クエン酸は、レモンやライム、グレープフルーツなどの柑橘類に多く含まれるαヒドロキシ酸の一種で、糖代謝 (クエン酸回路) の中間体としてエネルギー代謝において中心的な役割を果たしている。俗に、「疲労回復によい」「筋肉や神経の疲労予防によい」などといわれているが、ヒトでの有効性については、信頼できる十分なデータが見当たらない。安全性については、経口摂取でまれに下痢、吐き気などの胃腸障害、外用剤としての使用で日光や紫外線による過敏症が報告されている

安全性

・α-ヒドロキシ酸 (クエン酸、リンゴ酸などを含めた物質の総称) として、副作用はほとんど知られていないが、まれに下痢、吐き気などの胃腸の不調を訴える人がいる。外用剤は日光や紫外線によって過敏症が起きることがあり、長期にわたると皮膚がんのリスクが高まる可能性がある。

有効性

(注:下記の内容は、文献検索した有効性情報を抜粋したものであり、その内容を新たに評価したり保証したりしたものではありません。)
α-ヒドロキシ酸 (クエン酸、リンゴ酸などを含めた物質の総称) として、外用で日焼け、乾燥を防ぐのに有効性が示唆されているが、科学的な実証は不十分である。


どうやらどちらも効果が実証されているとは言えない模様。積極的に否定されているわけではないようだけれど、これだけ巷で有名な主張がいまだにまともな検証をされていないというのは推して知るべしという感じがしないでもない。もし本当に有望ならあの強欲な(?)ビッグファーマ(^^)がただで放っておくわけがないではないか。

どうも効果に関しては精神力で脳内補完するしかないみたいだなあ。あとは使いすぎて副作用なんてことにならないように。

食べ物としてふつうに食べる分には問題がなくても、健康のためとばかりにガブ飲みすると安全性の閾値を超えて不健康なことになってしまうかもしれない。

栄養の適正量は不足する量と過剰な量の間の領域を指しているに過ぎなかったりすることはわりと多い。要はバランスなのだ。

作用があまり期待できそうにないのに副作用なんて、それってなんて罰ゲーム?信じる者はホントに救われるのだろうか?

*1:ちょっと物騒でイカツイな感じがする言葉だけれど単なるギョーカイ用語である。文学ではないからテクニカルタームには定義以上の価値判断や思い入れはしない方が無難だ。「実験群」(experimental group)ともいったりする。テクニカルタームは、ついでに英訳も覚えておくと英語の論文を眺めるときにつっかえる回数を減らすことができる。

*2:心理学などでは「統制群」と訳されることがある。

*3:「相対危険度」という表現も少しやっかいだ。今回はこの方法を有効性評価の観点から取り上げているけれども、安全性を評価するときにも同様の方法が使われる。例えば、あるバクテリアとかタバコの煙とか放射線とかに曝された人(暴露群)と、そうでない人(対照群)との結果(ある病気の発症など)を比較する際に、相対危険度が何倍になるとか、そういう使い方をする。安全性の評価から考えると暴露群や相対危険度を文学的(?)に理解しやすい。