Les Rêveries du promeneur solitaire

ビフォーアフター

海外渡航歴のないテング熱の症例が「発見」され、その直後に立て続けに2症例が追加されたというニュースを見た。国内感染の発見は69年ぶりだそうで、疫学的な推定で都内の公園で感染したことがわかったという。

ところで、ここで問題。題材が多少騒々しい感じで恐縮ですが。。

妊娠中の20代の女性がお腹の中の赤ん坊についてダウン症の出生前検査受けた。同年代の女性がダウン症の子どもを妊娠するのは1000人に1人の確率である。検査結果は「陽性」だった。


この検査はとても優れていて、赤ん坊がダウン症の場合、正しく陽性と判定する確率(感度)は99.1%、ダウン症でない場合に正しく陰性と判定する確率(特異度)は99.9%である。


さて、お腹の赤ん坊が実際にダウン症である可能性はどのくらいでしょうか?
(次の1~3の中から最も近い数字を選択)

  1. 99.9%
  2. 99.1%
  3. 50%

この手の問題、ご存知の方も多いのではないかと思う。自分も何度かこの問題を見た経験があるけれども、年のせいかいつのまにかすぐに忘れてしまう(笑)ので、この場で書いておくことにしたい。

この検査のスペック(感度と特異度)を見る限り的中率はそうとう高いだろうと感じられる。ところが、実際には検査で陽性だった人が本当に陽性である確率は49.8%程度に過ぎない。検査結果が陽性でも半分くらいの確率でダウン症ではないのだ(!)。単純な四則演算で計算できるのに直感との違いの大きさに驚いてしまう。

理屈は以下のとおり。

たとえば同年代の妊婦で検査を受ける人が10万人いるとした場合、(本当の)陽性は1000人に1人(0.1%)の割合だから、この中に100人いることになる。残りの99,900人は(本当の)陰性だ。

検査の感度は99.1%だから、本当の陽性100人のうち検査結果が陽性判定となるのは99.1人(100人×99.1%)である。

一方、特異度は99.9%なので、本当の陰性99,900人のうち検査結果が陰性判定となるのは、99,800.1人だ。ほとんどが正しく判定されるわけだが、残り0.1%=99.9人は、本当は陰性にもかかわらず陽性判定(偽陽性)になってしまう。

検査結果で陽性の判定を受ける人は、前者の99.1人と後者(偽陽性)の99.9人、合計すると199.0人。本当に陽性なのは前者だけだから、陽性の判定を受けた人のうち、本当に陽性の人の割合(陽性的中率)は、49.799%(99.1人÷199.0人)という計算になる、というわけ。

陽性的中率(陰性的中率も)は以下のサイトで自動計算できる。

http://keisan.casio.jp/exec/user/1347345469

検査の的中率は、検査そのものの能力だけでなく、全体(母集団)の有病率の影響を強く受ける。上述のとおり、この検査では、有病率が0.1%の場合の陽性的中率は凡そ50%だったが、有病率が1.0%なら90.9%、10.0%で99.1%になる。有病率はベイズ統計でいうところの「事前確率」に当たる。

だから、たとえば、インフルエンザの検査キットにしても、冬の流行期に対して夏場の陽性的中率はぐぐっと下がってしまう。冬でも医者が事前に問診で検査の必要性を判断するという過程を経ることで検査前の事前確率を高め、そうすることで診断全体の精度をアップさせようとしている。

直感は間近の印象的な数字や出来事(検査のスペックや検査結果)に気を取られ事前確率を無視しがちだ。このため一種の認知的な錯覚を起こしやすいとされる。

新しい主張が飛び出してきても慌てずに常識(事前確率)に照らしてみよう、そんな教訓として受け取ることもできるかもしれない。その新しい主張はひょっとしたら真実なのかも知れないけれど、それは時間をかけてじっくりと証拠を積み重ねて、確からしさを高めていけるかどうかにかかっている。権威の高い専門誌に論文が1本載かったからと言って、すべてが塗り替わってしまうということは、残念ながら、ふつうはない。いわんや○○をや(?)

ということで、最初に戻ると、事前確率がとても低い状況下で、医者は海外渡航歴もない患者をどうやってテング熱だと見分けたんだろうかと、新聞記事をぼんやり眺めながらそんな素朴な疑問が湧いてきて、この話を思い出した。手元に検査キットなんてないんだろうし。たまたまその医者が過去にテング熱患者を診た経験があったとかそんな感じなのかなあ。